けろけろ温泉の概要(その1)
これから、「けろけろ温泉」データベースの構築について、しばし構想(妄想)を述べてみようと思います。 まずは、原点となる「湯ふぅ〜KANSAI」構築に至った背景から、しみじみと思い出話から語ります・・・。
♨湯ふぅ〜KANSAI・お風呂屋さんデータベース
〜20世紀末の「事の発端」〜
20世紀末頃に構築した近畿2府4県のお風呂屋さん(銭湯)のデータベース「湯ふぅ〜KANSAI」。 当時の、関西を中心とした銭湯ファンの方々や、商店街等の街歩き好きの方向けの情報共有ツールとして作成しました。
私自身も、当時は企業内システムエンジニアとして、社内向けのホームページ構築やWebクライアント・サーバーシステムの構築に 携わっていたこともあり、これを機に遊び半分、仕事半分でホームぺージ関連知識の自己啓発を兼ねて休日にPerlスクリプトにて CGIプログラムを作成しました。
当時の個人で利用できるレンタルサーバーサービスはホームページの構築を目的としたものでしたので、アプリケーション開発自体、様々な制約があり、手軽に扱えるデータベースサーバーもありませんでした。
ですので「データベース」と名乗ってはいるものの、実体はEXCELで編集したCSVデータをサーバーにUPして、ネットの画面上で入力するキーワードから文字列検索を掛ける処理を行うと言う原始的なものでした。
当時でも登録されているお風呂屋さんの件数も最大で3千軒程度ですので、処理速度について深く考える必要もなく、実務で使うためのサンプルプログラムとして試行錯誤で作りました。
また、当時は携帯電話を使用したインターネットサービスが始まったばかりであり、NTTドコモの「iモード」そして、J−PHONE(現ソフトバンク)の「J−Sky」、auの「EZweb」と言ったサービスが始まりました。 そこで「湯ふぅ〜KANSAI」の携帯電話版の「ザブッとKANSAI」も併せて開発しました。 基本的な機能は同じですが、画面が非常に小さく表示できる文字数が限られる事等からキーワード入力画面や検索結果画面をモバイル向けにアレンジしました。
下の写真は、パソコン版の「湯ふぅ〜KANSAI」のトップページと携帯電話用の「ザブッとKANSAI」のトップページです。(携帯電話の画面はハメコミ合成したものです。)
いずれも、当時、お風呂屋さん巡りや街歩きを趣味とする人たちに好評で、マスコミにも取り上げられました。
しかしながら、21世紀に入ると、街のお風呂屋さんも次第にスーパー銭湯などの大資本の参入、温泉付きスポーツクラブ等の他業種との競争、そして主に利用されていたお客さんの高齢化により経営として成り立ちにくくなり、 日を追うごとに減少しました。
初めは、「情報の正確性」から廃業となったお風呂屋さんのデータを削除していきましたが、そのたびに寂しい思いをしました。
やがて、私を含め「手作りホームぺージ」を楽しんでいた仲間も次第にSNSへ移行した事や、仕事も忙しくなった事などから情報管理に手間のかかるサイト運営を止めて、閉鎖することにしました。もうひと昔以上の事になります。
♨「けろけろ温泉」データベースを構築する目的
あれから20年以上の歳月が流れ、令和の時代が始まりました。
今回のホームぺージ構築にあたっての基本コンセプトの一つに「ググっても出てこない情報提供」があります。
現在では、誰でも気軽にネット上に写真や動画等をアップできる時代です。 ここ最近の情報は、Google等で調べるといくらでも出てきます。(情報の正確性や信頼性については玉石混交ですが。) しかしながら、古い情報、とりわけインターネットが爆発的に普及する前の情報についてはその量が大きく減少します。
また、街のお風呂屋さん等の小さなネタについては、元より市場的にニッチなものですので、逆に当時のものに復元する事に意義がありそうです。
昔はバリバリの現役の会社員でしたが、今は会社を早期退職してセカンドライフを過ごすフリーランスのITエンジニア兼キャリアコンサルタントと言う立場です。
主な仕事は、街の小さな事務所で使うアプリケーションソフトの開発・改善であったり、地域の方の就労支援で必要なITスキルの基本を教える講師業が現在の仕事です。
最新の技術、高度な技術はあまり必要もなく、無理して追い求めるつもりもありません。
むしろ、まもなく60歳代を迎えようとしている今、これまでの人生の振り返りを「湯ふぅ〜KANSAI」構築当時の20世紀末期、もっと遡って私が3〜4歳の頃に祖母に連れられて近所の銭湯巡りに行った昭和30〜40年代の小さな頃の大阪の下町の「原風景」を振り返る事をデータベース構築と言う手段を通して自己実現(自己満足)してみようと言うのが 今回の目的です。
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